スーパーロングヘアのMさま。

HSが泡立たない、泡が消える、ということでしたが、通常、モリモリと泡が立って、僕の髪でも全然泡が消えないんです。でも、実際泡立たない方がいらっしゃいます。

まずは確認ですが、泡だてネットで、大きくしっかりした泡が立ってますか?

ネットでは泡立っているなら、次の3つをご確認ください。

1 縮毛矯正やストレートパーマはかけてますか?

2 ヘアスタイリング剤はつけてますか?

3 ヘアカラーはされてますか?

1、の場合、かなりの確率で泡立たないです。矯正の液剤のイオンの相性が悪いようです。この場合は、どうやってもべたっとなるようです。 使用は難しいです。

2 の場合、スタイリング剤がついてると全く泡がたちません。洗浄力がスタイリング剤を落とせるようには設計されてません。シャンプーでさっとスタイリング剤を洗い落としてから、ゆっくりとHSをご使用されてください。

3 これも一部メーカーさんのヘアカラー液と相性が悪いらしく、泡立たない場合が。この場合は、ヘアカラーのブランドを変えていただくことになります。

せっかくお買い上げいただいて、顔を気持ちよく洗っていただいてるということなので、せっかくなので髪も気持ちよく洗っていただければいいなと思っています。上の3つを、まず確認してみてくださいね。

引き続き、次も質問回答をアップさせていただきます!

季節感全く無視した写真で失礼します!

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懐かしい撮影風景のビデオです。この撮影は神奈川で行われました。結構長くて、1日かけた大変だけど、とても楽しい撮影でした。

撮影中はなんとなく動いてるのではなく、カメラがスーツケースを掴んだ手の部分を撮り終わるまでじっと待っていたり、歩くスピードを調整したりと結構コツがあるんです。ワンシーンワンシーン結構神経使うんですよ。このカットはライトが消えてたという落ちつきで取り直しでした 笑

このフィルムは、何かの映画祭できっといずれ公開される日が来ると思います。気長〜に待っててあげてくださいね。

 

 

 

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僕が暮らすのはパリのマレ地区です。マレは小さな個性的なお店がたくさんあり、また古い建物も美しく、パリでもとても人気のあるエリアです。ただし夜になると一気にゲイタウン、になります。ゲイバーがふるオープンされ、結構ドン引きする光景を普通にあちらこちらで見かけます。そしてかなりうるさい。マレのど真ん中に住んでるので、僕は夜は全然そのエリアは出かけません。家に帰ったら窓を閉めてしまえば騒音もそれほど気にもならず。

僕は全くゲイにモテないため(ゲイの人たちは、男が好きなため、当然男っぽい男が大人気見たいで、僕は相手にされないので安全です)あまり問題ないのですが、僕の友達は彼らに狙われていつも大変です。

時々、そういう団体から、寄付しろとか、サポートの依頼を受けますが、はっきり言っておきますが僕には旦那がいてもゲイではありません。別に男性が好きなわけではないので。だから全く寄付しろとかサポートしろと言われても、しますとはならないのです。先日、プラハから友達たちが東京に来ていたのですが、たまたまその人たちのパレードにぶつかったらしく、その友達たちはなんの騒ぎかとびっくりして遠巻きに見てたら、そのゲイの人たちが二人に近づき「サポートしてよ!!」と迫ったそうで。二人が驚いた顔してるのが気に入らなかったようで。彼と彼女は別に嫌悪感を持った驚き方は全然してなかったそうです、ただパレードの人たちの格好とかに驚いただけ。でもゲイの人たちが来て「なんで驚くの?サポートしてよ!僕たちをサポートしてよ!」と迫ったそう。サポートするしないは本人の自由です。あなた方が自分たちの権利を自由に主張していいように。

僕がなぜその類のグループに寄付しないか、は、それ寄付の優先順位が違うからです。できる限りのことはやらせてもらってますが、優先順位は僕の中に明らかにあるのです。東京の街を歩いてると、路上での生活を強いられてる人がたくさんいることに気がつくはずです。団体に寄付して、どう使われたのかわからなくなるよりも、目の前で困ってる人に必要なものを渡す方が僕はいいと思うのです。また、震災などの場合は、規模が違うので、然るべきところにまとめて、ということにはなっていますが。いちいちそれらを公表する気はサラサラありません。それにお金じゃなくても「何か必要なものある?」とか会話をして、毛布がいるなら毛布、ズボンがいるならズボン、靴がぼろぼろだったら靴、とか、お金じゃない寄付の仕方もたくさんあります。単にお金を渡すだけじゃなくて、会話する、ってことも、路上で誰の関心も引けずにいる場合、すごく実は嬉しいことだったりすると思います。人は誰だって無視されるのが辛いのですから。僕は自分なりの寄付の仕方、をわきまえてるつもりです。

基本、大人が自分たちの権利を主張するために必要な資金は自分たちでまかなって欲しいと思うので、僕はその分を今日食べるご飯の心配をしてる人に配る方を選んでいるだけです。僕がミザエルの話をするせいか、最近コンタクトページからその手の団体様から寄付の依頼が多いので、どさくさにこの場でまとめてお返事させていただいてますが、僕からの寄付はないです。寄付しないわけでは全然なくて、むしろかなりすでにさせていただいてる方だと思いますが、寄付の向かう先が違うだけで、できる限りの寄付はさせていただいてることはご理解くださいね。どこに寄付するかを決めるのも、僕の自由であることは僕が持つ当然の権利です。

少しいただくメッセージが攻撃的になりつつあるので、ここで釘を刺しておきます。

権利を主張すること、自分たちの主義主張を貫くことも大いに結構です。どうぞそれはご自由に。

ただし、自分たちの自由だけ主張して他人の自由を侵害するようなことをしてはいけません。

また自分たちの主義主張を通すのに全く関係ない人間のお金が必要というのも変な話です。

僕の目には、何もかもが変に映っていますし、攻撃する相手を間違っていますよ。

はい、これで、忠告は、しておきました。

あとスゥエーデンで暮らした人間として、言わせてもらえれば。

人が男性を好きだろうが女性を好きだろうが、そんなのぶっちゃけ「どーでもいい」ことです。本人の自由だし、男女差別がないスェーデンでは誰も気にもしません。ボーイフレンドだろうとガールフレンドだろうと、全く誰も変に思うことも疑問に思うこともありません。それは国民性、というよりは、自らを「ゲイ」とかカテゴリー分けして、区別しないからだと思います。自らをそうやって他と分けるから、差別が生まれるということもあるように思います。

ゲイではない男性たちは、わざわざ自分がストレートです、と言わないように、ゲイの人もわざわざ自分はゲイです、なんていう必要はそもそも「ない」と思います。だって、そんなのどうでもいいことなので。人間は、どちらの性を愛しても全く問題ないと思いますよ。逆に何が問題なのかな。

僕から言わせてもらえれば全く普通ですよ。区別する必要すらないと思います。また区別すればするほど、差別をうむ場合もあると思います。人は、普通でないもの、違うもの、に対して嫌悪感を抱くこともありえますから。

わざわざ自分たちを「ゲイ」とかLGBTだかなんだかカテゴリー分けして、自らが普通じゃないと区別するのは、結局損になると思います。

今の世の中、あなたが男性を好きだろうが、女性を好きだろうが、ほんと他人にはどうでもいいことなのですから。

少なくとも僕の息子が暮らしてるスウェーデンなら誰もほんと気にしない。ここは日本と言われても、ぶっちゃけ他人は気にしないと思います。そんなに興味、ないですよ人は人に。

ということで、意識のアップグレード、オススメします。本当の意味で、自由になってくださいね。皆が幸せになりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何を隠そう隠してないけど東京の狭いリビングにはソファが4台あります。3人がけや、2人がけ、一人がけ、など、一通りあります。それぞれヨーロッパから持ち込んだものなので、当然大きさが、日本の一般的なソファよりはるかにでかい、のです。大きなソファが狭いリビングにそんなにあるので、当然普通には歩けないのですね。だってそれにプラスして椅子たくさんのダイニングテーブルまであるわけですから。カニ歩きしないと。

でも、いいんです。こだわり隊長の本領発揮です。この写真のソファはアンティークとそろそろ呼んでもいいと思います。すごく手が込んでいて、古くなればなるほど価値が出ます。傷めば傷むほど美しいのです。

イケアやニトリだと、古くなって傷んだらゴミになるのです。それが職人が手作業で必死に作った家具と量産型の家具の違いです。

断捨離断捨離って世の中は言うけど、そもそも断捨離しないといけないような買い物の仕方をしていたことが問題なのであって、捨てたからスッキリ、あーよかった、じゃないんです。捨てたゴミは、どこ行きますか?という新たな問題も。また捨てグセがついてしまい、次何を捨てよう、みたいな半ば捨てるのが目的みたいな生活になったりすることもあるでしょう。

古くなった本物の家具なら、捨てなくても誰かが必ず欲しい!ともらってくれるでしょう。30年、50年、100年と持つのが本当の家具です。

古く傷んだものも、美しいのです。ヨーロッパにはそうやって受け継がれた家具がたくさんあります。

ただ、これは家具に関しての話であって、服に関しては古着はご注意を。状態のいい古着は最高だと思います。ただ、たんに古くなってくたびれた服は、着る人もくたびれさせて見えます。洋服にエネルギーがないんですね、もう。そうなったら、もう捨てるのが一番です。日本の古着屋さんはとても状態がいいものを売っているけれど、ヨーロッパの古着屋さんの多くは本当に「ええええ?これ着るの??」という状態。大きなシミや破れなんて当たり前。

若い人は、古着を着てると可愛いんです。若さというエネルギーがあるから。ただ、年齢のいった人間がビンテージを着てしまうと、ちょっとホラーって誰かが言ってましたね。アンティークな人間がアンティークをまとったら、それはもう幽霊ってことで。

歳を重ねたら、できるだけ小ぎれいな新しい服を着る、というのも大切ですね。

若い頃は白いシャツも洗いざらしでもなんとか着こなせたのですが、今はもうきちんとアイロンがかかった白シャツしか無理という感じ。

白といえば、僕、今年白いコートを生まれて初めて買ったんです。冬物ではなく春秋のコートという感じなのですが。白なんですね。王子みたいなただ白じゃないですよ、黒の線がチェックみたいに入っていてツイードっぽい感じ。

これ、腕がめちゃめちゃ細くて、僕が着ても一度着たら「脱げない」のです。着るときも大変で、腕時計とかしてたら腕はもう通りません。

今までなら買わないです、でも買いました。白の緊張感がいいなぁと思って。汚れる白を潔く綺麗に着たいなと。そろそろ僕もそんな歳頃ですからね。あまり楽なの着てるとどんどん崩れて行きそうだし。

で、腕はお直しさんにスリットを入れてもらうことに。カフェや出先で脱ぎ着できないと困りますから。スリット入れると楽になりますよ、というお直しの方の技術を信じて秋が来るまでに預けに行って来ます!

皆様も何か気持ちがシュッとする洋服を秋に向けて手に入れてみるのもいいですよ。今年はストリートの熱が冷め、クラッシックが戻って来ると言われますが、どの時代でも流行に流されないのが、シュッとした美しい服です。洋服が凛としてると、時代に合わせて多少着崩しても大変なことにはなりません。

家具は古く。服は新しく。どちらも丁寧に扱えるものを。ものが持つ力を自分のものに。

運気がすごーく上がりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日のTSV、ファンミーティングに続き、燃え尽き症候群してる場合じゃないですね、早速またオンエアです。お昼12時の生放送となります。

 

写真は、3年前、僕の旦那であるミザエルが来日した際、生放送に連れて行った時のものです。U様からのご質問でミザエルが僕のショーを見たことがあるのかということでしたが、はいこのときスタジオで見てましたよ。この時スタッフに僕の旦那です、と紹介したのですが、みんな本気にしてなかったと思います。まあ、この時彼は19歳だったので、まさかと思われたんだと思いますが、そのまさかでした 笑

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qvcのスタジオはいくつかあるのですが、カメラは無人カメラが何台もあります。5台くらい前に構えていて、遠隔操作で動きます。時々手カメ、と言って民放のようにカメラマンさんがカメラを持ってスタジオでいるときもあり、テンション上がります。臨場感が違うんですね。特に食品の時は動きがあって、画面の絵が楽しい感じになり迫力も出ます。

サプリのショー、食品のショー、化粧品のショー、毎回カテゴリーが違うと大変では?と聞かれるのですが、カテゴリーが違うから大変ではなく、単純にただただ大変です。1時間のショーでどれだけきちんと伝えられるか、というのは、何度やってもなかなか思うようにできません。1時間のオンエアは、ハーフマラソン走ったくらいの疲労感があります。走ったことないけど 笑

ミザエルが来たこの日は確か昼のショーだったので、そのあとテレビ局近くの海へ行きました。二人でいつものようにノリノリでボケツッコミを繰り返しながら。彼は僕の手をしっかりと握ってました。

僕のショーは、いつもお客様と手を繋ぐ気持ちでやっています。みんなで手を繋いで、一生懸命地道にいいものを生産してる生産者を守るのです。

世界には、昔ながらのやり方や、こだわりの製法で、ひたすらその道を極めてる技術者や生産者がまだまだいます。僕の無理難題を受けて、彼らがなんどもやり直しながら、僕の指示通り最後は仕上げてくれた僕の商品は大量生産には向かないのですが、何せQVCなので大量に生産しないといけないからこれまたすごく大変なんです。

でも、みんなで手を繋いでいる限り、それらの商品は残って行けるはず。見た目の価格だけなら、単純に安い商品は他にたくさんある中で、あえて僕の商品を選んでくれるお客様がいる。

僕の商品は開発した僕たちだけが必死で守ろうとしてるのではなく、みなさんのお力で守られているのです。

手を繋ぐつもりで、ショーをする。

手を振り手を繋ぐ。

そんな思いで、さらに丁寧なショーを心がけて行こうと、この写真を見ながら思いました。