
人生は、壮大なる冒険です。
物語の主人公は、それぞれ自分。
僕は、10代の頃、東京に飛び出して来ました。その当時の写真が出て来たので、インスタにアップしたら、大変な反響がありました。
この当時の僕は、全てが自分軸でした。「触れるもの全てを傷つける」と周りから言われた頃の僕の姿です。確かにとんがっていました。
野心家で、自信家で、世の中の全てを手に入れようと思っていた頃です。
短気勝気生意気と呼ばれて育った僕ですから、当然の流れでした。
透き通るような白い肌と、スタイルがとてもよかったので、どこに行っても目立つ子でした。東京に出て来て、仕事によっては仕事に行く際毎日のように芸能事務所から声をかけられていた僕です。でも僕は料理人になりたくて東京に出て来ていたので芸能には興味がありませんでした。
一方で、それをうらやむ人は数知れず。嫉妬の対象になることばかりで、また女性も僕が誰よりも白く、細かったため「僕の隣には並べない」と言って隣に並んで写真を撮るなどもあり得ませんでした。男性から言い寄られることも常で、余計に女性の反感を買ったのかも知れません。
でも僕は、自分の冒険に、常にワクワクして生きていました。周りの嫌がらせには微塵も屈することがなかったどころか、僕の足元にも及ばぬ連中、だと切り捨てました。
でもそれがよかったのです。その強気さと高飛車さが、僕の道をどんどんと切り開きました。山を登る感覚でしょうか。全く道などない山を、僕は自分自身が大いに傷つきながら道を切り開いて進んでいると、その僕について歩いて来てくれる人がどんどん増えました。ついてくる人のために、その険しい道を、人が歩きやすいように作り込んだりしてるうちに、今の僕に至ります。
僕の冒険は、僕だけでは語ることはできません。
僕が道を踏み外しそうになった時、ふっと戻してくれた人もいます。転がらないように支えてくれた人もいます。
人生という物語の主人公は自分でも、必ずどの物語にも重要な登場人物たちがいるのです。
人生は冒険であり、それぞれが主人公。それは間違いありません。
その冒険は、一人ではない、ということは今、忘れないようにしています。
僕の冒険旅行には、たくさんの素晴らしい登場人物がいるのですから。
連日、今の僕にたくさんの口撃が繰り返されていますが、僕は全く動じてはいません。
最近のブログの更新は、何度も書いては、何度も書き上げては、アップせずに削除しました。
僕は黙っておいたほうがいい、と感じたからです。
いちいち僕が「実はこうこう、こうなんです。僕のせいでも間違いでも全然ない。全く心配もいらない話です」ということを書いても、きりがないから。「ブログで書けないのも、書かないのも、オンエアで言えないのも、こうゆう理由があるからです」とか僕が延々書いても、きりがない。だからQVCが何をやろうと、周りが何をやろうと、僕はもう「スルーする」ことを選択したのです。
僕が真実を自分の言葉で伝えれば、僕はすっきりします。
でも、そうすることで、逆に周りで傷つく人が出るなら、真実は闇の中でも、もういいのです。
お客様は、絶対にわかってくれている、という自信があるから。
僕がどんなに誤解されようと、僕のお客様はジェイさんのことだからそんなことないでしょ。大丈夫。
そう信じてくれているのがわかるから。だったらもう無理くり自分の正しさを主張しようとしないほうがいい。それ自体、見苦しいから。
僕が反応しないのは、僕が正しいからだな、とご理解いただければと存じます。逆に間違ってれば即座にブログでも訂正しているはずですから。僕が反応しないのは、僕は間違っていないからです。また僕が真実を主張することで、他の誰かの立場が悪くなるのを繰り返すなんて、本当に人生の無駄でしかないから。
僕が、ブログであれこれと言わないのは、説明しなくなったのは、人気者だから手を抜いてるのではありません。
力を抜いているだけ。
僕の人生の物語の中盤は、強く優しくしなやかに展開されます。
力を抜くという大事なことを、若き頃の僕は知らなかったけど。今は、知っているのですから。
若い頃の僕に伝えたいことは、そんなにリキまなくて大丈夫、ってこと。
力を使うより、愛を使え。
僕はそんな気持ちで、今生きています。
そうすると毎週のようにTSVをやって、忙しい自分を見ても
めっちゃ忙しい自分ではなく、めっちゃ充実してる自分だと表現できます。
困ったな、と思っても、のってきたな、よし踏ん張るぞ、と解釈できます。
人生は壮大なる冒険。
僕自身の冒険を、その物語を、僕はうんと楽しもうと思います。
ハッピーエンド、で終わりますように。
