QVCのオンエアがないうちに、他の仕事をどんどんこなさないといけません。また3月は後半から怒涛のオンエア連続が始まりますからそれはすごく楽しみにです。
それまでに色々と終わらせておかないといけません。いろんなことの見直しもですね。
3月になり、春めいて来ました。
お客様からオンエアがないから、DMのストーリーが楽しみです、や、春らしい衣装が素敵ですと言う嬉しいメッセージをいくつもいただきうちの小さい怪獣も張り切っております。
インスタもストーリーも春っぽい感じにどんどんなっていくことでしょう。衣装が春っぽいかなどすごく気にしてるようで。雪降っていてもジャケット指定されました。
春は、新しい環境や、出会いが増える季節でもあり、新年とはまた違う新鮮さがあります。
春は、僕が大事にしてることがあって。
春野菜や山菜は、冬の間に溜まった毒素を排出させるため繊維質やアクがあったりする、と昔から言われるのですが、そうゆう考えが素敵だなと思います。だから暮らしもデトックス。もともとものが少ない生活ですが、春は改めて暮らしの大事を見直し必要ないものは必要な人に差し上げてしまいます。買い足すことはありませんが、買い直しがあることも。
暮らしの中のものというか身の回り全てに僕は自分の目を届かせたいという気持ちが常にあります。自分がメンテナンス行きどどかないほどになったらそれは持ちすぎ。
自分でコントロールできる範囲内で、ものを抱えるためです。無理して抱えすぎない。
人間関係も同じですね。出会いがあれば別れもあります。その時の自分が一番自分らしくいられるように、それが大事。ただし、いい人間関係がない人生なんて全く意味がないと僕は思っているので、何でもかんでも切ればいいわけではなく、深めることがまず大事です。
いずれにせよ僕にとって春は、出会いだけではなく、手放すことを学ぶ季節でもあるわけです。

僕のエネルギーが乱れる理由があるとすれば、それは僕ではなく僕の周りが何かおかしいと僕は判断しています。なぜなら僕は生まれてから基本変わってません。これは別に周りのせいにするのではなく、割と冷静な分析です。人は環境に大きく影響されるのですから嫌が多にも。
僕は常に新鮮で、自分らしくありたいし、そうして来ました。それが僕の考える清らかな状態。
春に咲く花は、常にそうありたい。
植物がうまく育たないと、その植物のせいだと植物を責めるのは愚かです。きっと土が悪い、日が当たらないなど周りの環境が悪いんです。
春を大事にして生きる僕は、常に咲き誇る花でいたいのかも知れません。
咲き誇る花もいつか散る。
でも散ってまた咲けばいい。もっと綺麗に。
最後の最後に、とびっきりの花を咲かせられますように。
出会いと別れ。春が教えてくれるその深み。
今年も新鮮な気持ちで僕の春を迎えます。