パベルの命日

18日は、パベルの命日でした。

僕は静かにうちにいました。本来なら、僕はプラハに戻って、パベルのお母さんにロシアから来てもらって、会うべきなのですが。

パベルがなくなってもう4年の月日が流れました。

僕の記憶はまだ恐ろしいほどはっきりしていて。

時が何かを癒す、なんて誰が言ったのか腹が立つくらい、何も癒えてませんし、癒えることもありません。

ただ悲しみに暮れているわけではなく、僕はもう彼の分の人生をも生きると決めて歩みを続けています。

プラハでパベルと出会って、僕はたくさんのことを学びましたが、パベルは逝ってしまってもなお、僕にたくさんのことを教えてくれている気がします。

TSVのオンエアの際は、いつも彼の存在をスタジオに感じます。

本当にそこにいるのか、はたまた僕がそうあってほしい、と望むから強い思い込みからそうゆう気がするのかはもうわかりません。

でもどっちでもいいんです。大切なのは、僕が彼の存在を1ミリも忘れないことだからです。

彼の死に対する悲しみは、僕の仕事に対する大きな愛に変わりました。もともと僕は自分の仕事が好きでしたが「ただ好きなことをやってるだけ」と言う気持ちから少しもっと深く、変わりました。

僕の仕事の先には、それこそたくさんの人がいると言うことを、最近ではなんでも数字化されるため、その数字でも知ることができます。

例えば、qvcでも僕の顧客数は把握していて、それを見るだけでも倒れそうになる数です。

こんなにいらっしゃるんだ。その数は、僕の責任の重さでもあるのですが。

パベルがいたらきっとすごくすごく喜んでくれるでしょう。人の成功や幸せを自分の事のように喜んでくれる男でした。

そのくせ自分のことにはとても臆病で。今思えば、だからこそ自分にできないことができる人を本当に賞賛していたのだと思います。

人の成功を妬みそねみに思うのか。 人の成功をよかったねよかったね、と喜べるのか。

人間の本質が試されます。

僕の仕事は、QVCも含め、残念ながら競争社会でほとんどの人間は、妬みそねみです。手に取るようにわかります。例えばQVCでの仕事の規模が大きくなればなるほど、それらは非常に強さを増します。

でもそのネガティブなエネルギーを、一歩でも僕のお客様には近づけないように僕は日々、実は頑張っています。そんなの僕の仕事じゃない、と切り捨てず、見逃さず。

パベルを守りきれなかった僕です。でも自分の仕事や自分の商品と僕のお客様には絶対にもう失敗したくない。ちゃんと最後まで守り抜くと言う祈るような気持ちでもあります。

今度こそ。

お客様からの「ありがとう」は全て僕の力になります。その強さが強いため妬みそねみすら僕のエネルギーに変えられてしまうほどで。

こうゆうのをまさにポジティブなエネルギー、と言うのでしょう。

人生は一度きり。また、地位や名声、お金は全部、死んだら終わりです。あの世に持ってなんかいけません。

またそれらには常にネガティブな匂いを感じてしまう。だって、それらを求めていらっしゃる方は常に僕を「敵」とみなし、妬みそねみを向けてくるタイプだからです。

ここまできちんと理解した僕は、ずいぶん生きやすくもなりました。

僕の人生に、ネガティブなもんはいらん。

とてもシンプル。

パベルが僕に望むのは、きっといつも笑っていることでしょう。

いつか僕の時が来て、この世を離れる時、きっとパベルが迎えに来てくれるでしょう。

迎えに来た彼を僕は満面の笑顔で抱きしめるでしょう。

そこに行くまでは、まだまだ遠いけど。

僕はシンプルに、ネガティブを避けて生きてゆきます。

そうすれば毎年訪れる彼の命日に涙することもない。

写真は、パベルが亡くなった時に、それを悼んで僕のクライアントの女性がくれた切り花の花束の中の小さな小さな緑が育って、今はこうなりました。他の花は全部枯れたけど、この緑は根を張り始め、僕が土に植え替えたらすくすくと育ちました。業者もびっくりするほどの速さで成長し、今に至ります。僕はパベルと名付けて、大事に大事にしています。

以前、ジェイさんの宝物はなんですか?とご質問いただいていたけど。

それはこのパベルです。一番下の方の葉っぱが枯れてしまい、また下の方の葉が微妙に黄色くなって来て、日々大丈夫かなぁとドキドキしてる僕ですが。愛おしくて仕方ないです。

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