ミニマリストと呼ばれることに非常に抵抗があります。
僕はミニマリストじゃないから。
昨今、ミニマリストが「流行り」様々な媒体で目にしますが、そのミニマリストの部屋の写真を見るたびぞっとします。
40代のミリマリストと言う男性が、部屋に小さなテーブル一つだけを置いて、そのテーブルの椅子一つで座ってるのです。
ミニマリストじゃなくて果てしなく貧弱。果てしなく寂しい。思わずその写真、2度見。
シンプルとは贅沢と同義語です。シンプルとは本来、贅沢なのです。どこでどう間違えたのか、非常に貧弱。
それは人生に何か辛いことがあって現状逃避したいがために選んだ「ミニマリスト」のようにも僕には見えました。
これでこの人は本当に幸せなのだろうか。幸せならそれでいいんです。ただどう見ても「諦めた」からこそなんとか自分をミニマリストに「逃げる」ことで「自分をこれで幸せだと納得」させようともがいているようにすら見えました。
40代の男性であれば本来、持っていないといけないものがあるはずです。安っぽいテーブル一つ、の家具で「ミニマリストですから」って。
何かお辛いことがあったのかなぁ。それで全てを捨てたくなったのかな。諦めたくなったのかな。諦めてしまえばある意味、確かに楽だから。それを「幸せ」と解釈することもご自身の自由だし。
ただ確かに、ライターさんたちがよく言うように僕は「ミリマリスト」に見えると思います。ものを持たないし。あるのは必要最低限。生活感がないとよく言われます。
でも待って。僕は絶対に最近日本で流行ってるような勘違いのミニマリストじゃない。絶対に違います。だからミニマリスト系の取材や書籍の企画は全て断ってきました。僕じゃない。
僕は一つ一つのものを恐ろしく厳選してるのでそんなに数がないだけです。ものの数が少なくても、そのものの価値は高いです。
なんとか良品に行ってシンプル系のものを必要最低限買ってオサレに部屋を見せてああ、シンプル、ミニマリスト、ってわけじゃないです。見せかけのシンプルなんて薄っぺらいと思っています。間違っても僕の世界ではない。常に何かを捨てることを考えて生きてるわけでもありません。捨てることに快感も覚えてません。
繰り返しますが、シンプルイコール、贅沢なのです。捨てるところから始まるのではなく、ものを丁寧に扱うことから始まります。
ものが多いと手入れが行き届かないから僕はものをそんなに数持ってないだけ。自分が手入れできる範囲だけです。それを今時のミニマリストと呼ばないで。
そんなにミニマリストになりたいのなら、本気でどうぞ。一つ一つのものを自分史上最高に気に入って贅沢なもの、で厳選して揃えるくらいの覚悟なければミニマリストは危険です。
単に貧弱で終わるから。
人生は、豊かに生きるべきもの。諦めや逃げ、言い訳で自分を無理くり幸せだと納得(錯覚とも言う)させるような生き方は誰にもして欲しくはありません。
そうなんです。僕が近年流行りのミニマリストが嫌い、と言う理由はそこなんです。
もともとシンプルな暮らし提案は、相当経済的に余裕のある方達から書籍化され浸透してきた経由があります。もともとの経済力が違うため、その人たちの提案するシンプルは貧弱にならずに通用するだけです。
そこを間違えてはいけません。
その方々と同レベルの雑貨や家具が揃えられるならその暮らしはイケてるでしょう。ただし、かなりハードルは高いですよ。例えばキッチンの一つ一つの雑貨すら極めて高額です。
誰かが提案する持たない暮らし、よりももっと深く、自分の暮らしを自分なりに見つめてほしいと思います。
自分が何が好きで、何が嫌なのか。
自分はどう、暮らしたいのか生きたいのか。
自分の経済状況や環境に関わらず、一つでもできることはあるはずです。まずはそこからじっくり始めましょう。とにかくとりあえず断捨離、みたいなことはやめてください。
捨てることに快感を覚えた人間は、またそれを繰り返します。
人生の目的は断捨離じゃない。
自分の暮らしを持つことです。
今日ミニマリスト系の取材依頼を受けて速攻断りましたが少し気分が悪いので、自分の気持ちを正直に書いてみました。
僕の言葉が不快に感じられたらごめんなさい。ただ、ストレートに表現しないとこれは伝わらないなと思ったのであえて正直に僕が思ってること、そのまま書きました。
僕は本当に、そう思ってるんです。
シンプルななんでもないカフェラテが贅沢なのは、入れたてのエスプレッソにちゃんとミルクフォームで泡だてたミルクを人が丁寧に仕上げた時です。一杯のカフェラテがとても贅沢に変わる瞬間です。
断捨離と称してエスプレッソマシーンを捨て、ティーセットも捨ててマグカップにインスタントコーヒー注いでミルク混ぜるような暮らしを僕は求めてはいません。ましてやエスプレッソマシーンも何も持ってない暮らしからさらに断捨離なんて論外です。ご自身が憧れてる本を書いた人はもともとエスプレッソマシーンを何台も買える暮らしをしていたような方々からそもそも「ミニマリスト」提案は始まっているのです。もともと相当持ってる人が捨てていくのは問題なくても、もともと持ってない人がそれを真似して捨てていくと悲しいかな「貧弱」がもれなく付いてくるだけなんです。
カフェラテが好きなら思い切って無理してでもむしろ使いやすくて、いいエスプレッソマシーンを買ってください。お気に入りのカップも手に入れてください。上手に入れられるようになったら、ご家族やお友達に振舞ってください。よほど人生豊かです。
暮らしのクオリティを上げるのは捨てることから始まるのではありません。
一つ一つを、丁寧に見直して、大切にすることだと僕は思うのです。