東京にはないもの

July 30th, 2017

18527686_10208658674334010_3979161509651610255_n毎日通えるカフェは、日本にはありません。ヨーロッパに戻ると、必ずあるのですが、残念ながら日本には、探してもありません。

僕がカフェで好きなのは、そこのお店の人とのなんでもないやりとりや会話、そして、地元の人間がリラックスしてお茶を楽しんでいる、というより話を楽しんでいるのを見るのが好きです。

みんなそのカフェを買う、というより大好きな人との時間と空間を買う、という感じ。大好きな人、って言っても、別に恋人同士じゃなくて、友達とか、親子とか、様々で。

僕は基本、人は善、という考えに基づいて行動しています。思考回路も、そこからスタート。

人は悪、とされる方もいらっしゃいますが、それはごく人の一部分だと思っています。その悪、をコントロールできるのが人が人としていられるわけで。

だから幸せそうな人を見ると、すごく気持ちが上がるんです。いいな、いいなって。人っていいな、って思うことは、とても前向きなエネルギーを簡単に、確実に得られるので、オススメです。

人に迷惑をかけてしまうことや、かけられることは、生きている限り、避けられないかもしれません、ってか、避けられません。けれど、もし自分が大きなエネルギーを持っていれば、かれられた時も、包んであげられる余裕が少しでもあるはず。またかけてしまった場合も、相手はそのエネルギーを感じとってくれるでしょう。エネルギーといえば、人って、落ち込むと姿勢が悪いです。下を向く。無意識に。イライラすると、狭い範囲しか、見られなくもなる。だからもっとイライラする。

できる限りどんと構えて、姿勢を良くするだけで、自分の考え方や、生き方も変わってくると思います。もちろんそれが難しいこともあるだろうけれど。基本は、そのようにしておくのが本当にオススメです。そしてできるだけ、幸せそうな人を、見ること。そして、それに喜びを感じること。人が繋がっていることに感謝することです。

僕の息子はまだ16歳ですが、18になったら、少し今後の話をしようかな、と思っています。ヨーロッパでは、18で成人とみなされます。彼はスウェーデンで生まれ育っているので、幼き頃僕がそばにいたわけじゃありませんが、そのせいか?非常にまっすぐに育ったように見えます(あれ?)だから別に今更何を話すこともないのですが、それはやろうかと思ってます。

まあ、僕が息子に望むことは、弱い立場の人間に優しい男であってほしい、それだけ。強い人間にはとことん強く、弱い人間にはとことん優しく、あってほしい。

それは僕自身が、子供の頃から全くブレずに挑んできた生きる姿勢でもあります。本当に、それだけ。

男の子ですがから、大きな喧嘩に挑むことも今後あるでしょう。相手が強ければ、それはオッケー、どんどんやれ、ですが、相手が弱い場合は、僕は絶対許さない。

ってまあ、テオはもう、その辺りはわかってるでしょうけどね。

親はなくとも子は育つ、みたいです。でも人がいないと、育たないけどねー。